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埒外をおさめる

物体が時間の上で発する相対的な情報の収束率、その疎密の表れによって意思が伝わる、伝わってしまうんだよな。もののかたち然り。 そういう、嘘のつけない各存在の本当の姿から伝わるものが、その存在の道を規定しているな結局。 そういうことを生物としての自分の身体は脈々とやっている、やりたがっているのだけど、人間の自分の頭がそれをわかっていなかったりする。これまでそれが普通で。 養老天命反転地などは、現代の住環境を野生の野山の凹凸に配し、そこを往けば"わかっているかどうか"が立ち表れる。吟楽師の試験場としても使える位、そのことを分かって作られているという事が伝わってきて嬉しい稀有なる処だったな。ああいった規模とカジュアル感で形に残るものが出来たことは素晴らしい。 自分の頭で想像できない解を身体が持っている。そういうことを分かって自らの頭が無益な苦痛を生むことなかれと思う。 吟楽とはそんな頭を含めた身体を持つ人間という自分を乗りこなすためのツール文化と言える。

【告知】1月『吟楽 一矢』無観客公演に

予てよりご案内しておりました『吟楽 一矢』東京初演は 諸般の事情に鑑み無観客公演となりました。 尚、本番収録映像は追ってウェブ上にて公開予定となって おりますので、是非ご覧頂きたく存じます。 ー 『吟楽 一矢』"Gingaku ISSHI" あらゆる違いを飛び越え、皆の文化となれる鍵を求めて。 「吟味、味わうだけで心身は動いて繋がる」 宇流三浦の贈る記念碑的一作。 - 作・演出 宇流三浦   出演 宇流三浦   衣装 佐々木藍紗  環境音 目黒祥道   音響 戸村匡志   照明 佐藤友貴   撮影 田村康晴   収録 上石小夜   協力 萩田勝巳   製作 Universal Tradition https://www.uryumiura.com

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細道の奥にて結び 足掛け八年の転生劇 十万の行を越え、宿業に克ち、宿命につきて

口今

そこな方何処からお出でゆく人ぞ

平和という言葉と個人について

平和という言葉を多くの人が使うけれど、その奥行きを考えると皆の使う意味が簡単には共通しない言葉だと思い、 私の本質は変わらないにも関わらず前のブログタイトルから変わる一因にもなっている。 含意が簡単に共通しないから使わなくてもいいくらいなのではと思い。 平和の最終達成点を皆の心の充足と言うなら、 よく有事や平時といった見た目上わかりやすいところで、有事は平和ではないことが多いだろうが、平時たとえば戦争状態でなければ平和なのかというと、 戦争状態ではなくても日常のなかに、狭められたなかに地獄は存在し、それは平和とは言えないだろうし、そこからひいては戦争等の表面化したものにまた展開していったりする。 また平和というものについて私以上に本気で考えたことが無いにも関わらず、それぞれの挫折から平和は無理だと言ってしまうことが普通にある。 それは30年位本気で動いて考えてから言ってほしいですが。 たしかに、人間は変動するので恒久的な平和を保証するのは無理だろう。 だから必要なのは、なにかしらでずっと調和がとり続けられるということであり、平和というのは個人と世界との調和の集合体という流動的に成されるものと言えるでしょう。 こんなふうに考えてくると、平和という言葉に込められるイメージが人それぞれで異なりすぎるので、使わなくていいくらいだと思えてきて、代わりに「調和」などで良いのではないかと。 世界平和の代わりに世界調和など。まだ聞き馴染みがないけれど。 それでもって、大まかな調和をとるものとして政治的な次元の営みも必要だけれど、根本的には個人の営みからの調和が必要だと考えられるに至るわけです。 ここから私の、皆さん個人個人のための普遍的な伝統文化という調和の装置づくりが行われています。

-吟楽のまとめ-

あらゆる違いを飛び越え皆の伝統文化となれる鍵を求めて。 かたちを超えて普遍的なものに言及し、ある機能を持つ文化という有用な装置をたてる。 名称よりも実が大事ですね。 視点として、全ては身体表現と言える。 身体で感じるプロセスを経て動くという点で。岡潔氏曰くをみても数学ですら。 運動神経とか柔軟性とか、やるとかやめるとかいうものではなく、既に常に生涯やっていることでしょう。 また、身体の概念を拡張すれば、非生物もその身体の表現をしていると言える。 身体表現そして吟楽のポイントとして、吟味、味わうだけで心身は動いて繋がる。 味わうだけで既に心身は動き、ある表現は終わっている。 味わうことを入口とし、精侭(しょうじん)が表れ、人を薫する。吟楽精侭薫。 姿勢として、開放性のある自明の理に基づき、排他的思考のある人とも議論せずにも共有できることを基準とする。 これによって生の全てを吟楽として文化化し、小さな物語や大きな物語を、更なる秘められた物語へと深化させることが出来る。 例えば先のフィンランドでの他者企図の詩劇も、徹底して吟味する私だけをとれば「吟楽 詩劇 ○○」となっているし、 吟楽 能楽 翁 吟楽 白鳥の湖 吟楽 交響曲第九番 吟楽 We Will Rock You 吟楽 ファッション 吟楽 洋食 吟楽 建築 吟楽 視覚メディア 吟楽 呼吸 吟楽 歩行 吟楽 日常 というふうに全てにおいて可能な構造になる。 吟楽作品『一矢』は、全てを失ってなおその手に残るものをポイントとし、吟楽そのもの、純粋な素体を示そうというもの。 こうしたものが人間だけでなく他の存在にも何か波及できればと、そこまで思いつつ。

お返し

シンプルに、 生まれてきて何かいいことをしたい、 そのように思ってコツコツと準備をする。 いただいて生きているし。 生きてさえいればいい。 死んでも、何かが生き続けている。